日本企業の会議室で開催された女性の健康セミナーに耳を傾ける従業員たち

日本のフェムテック市場と健康経営

国内市場約889億円へ。政策支援と健康経営を追い風に広がる国内動向を報告します。

国内市場規模——約889億円へ、実装フェーズの成長

矢野経済研究所の調査によると、国内のフェムテック・フェムケア市場は2024年に約803億9,100万円、2025年には約888億6,000万円へ拡大する見込みです。2020年代前半の「フェムテックブーム」による認知拡大の一巡を経て、現在は実需に基づく安定成長のフェーズに移行しています。

国内市場の構成は、月経管理アプリや妊活サービスといったデジタルサービスに加え、吸水ショーツ・月経カップなどのフェムケア用品、デリケートゾーンケア、更年期向けサプリメントなど物販の比重が大きいことが特徴です。ドラッグストア・百貨店・ECにフェムケア売場が定着し、消費者接点の広がりが市場の裾野を支えています。

一方で、世界市場の成長率(CAGR18〜20%)と比べると国内の伸びはやや緩やかです。オンライン診療の制度整備が段階的であること、健康データ活用への慎重な姿勢、フェムテック専業企業の資金調達環境の厳しさなどが要因として挙げられますが、逆に言えば、これらが解消されるにつれて成長が加速する余地があるということでもあります。

市場の質的な変化も見逃せません。かつては「フェムテック」という新奇性そのものが売場やメディアで扱われる理由でしたが、現在は使用感・効果・価格という通常の商品競争力で評価される段階に入りました。ブームの一巡は市場の縮小ではなく、定番化への移行と捉えるのが実態に即しています。

国内フェムテック・フェムケア市場規模(億円) 約804 約889 約983※ 2024年 2025年(見込) 2026年(試算) 出典: 矢野経済研究所公表値。※2026年は直近成長率(約10.5%)を延長した当サイト試算
図1: 国内市場は年率10%前後の安定成長が続く

年間3.4兆円——経済損失の試算が動かした企業の意識

国内フェムテック市場を語るうえで欠かせないのが、経済産業省が2024年に公表した試算です。月経随伴症状、更年期症状、婦人科がん等、働く女性特有の健康課題による経済損失は年間約3.4兆円にのぼるとされました。内訳では、欠勤よりも「出勤しているが本来の力を発揮できない」プレゼンティーズムによる損失が大半を占める点が重要です。

この数字は、女性の健康支援を「福利厚生のおまけ」から「生産性への投資」へと再定義しました。健康経営優良法人の認定制度でも女性の健康保持・増進への取り組みが評価項目となっており、フェムテックサービスの導入は健康経営の実践手段として明確に位置づけられています。

従業員1,000人の企業で試算すると、女性従業員の健康課題による生産性損失は年間数千万円規模になり得ます。月額数百円/人のフェムテックサービス導入で症状対処と受診が進めば、投資回収の議論が成立する——このロジックが、人事・健康経営部門の予算を動かし始めています。

政策の後押し——経産省実証事業とその後

国内市場の形成には政策の役割が大きく寄与しました。経済産業省は2021年度から「フェムテック等サポートサービス実証事業」を開始し、3年間で計60件超のプロジェクトに補助を実施。企業・自治体・医療機関が連携して、働く女性への支援サービスを試行する場を提供しました。この実証事業を通じて、フェムテック企業と大手企業の接点が生まれ、導入事例とエビデンスが蓄積されたことが、その後の民間主導の市場化につながっています。

また、2023年には女性の健康に関するナショナルセンター機能の整備が決定し、2025年には国立成育医療研究センター内に女性の健康研究の中核拠点が発足するなど、研究基盤の整備も進んでいます。厚生労働省・こども家庭庁による不妊治療の保険適用(2022年)やプレコンセプションケアの推進も、フェムテックサービスが接続できる制度的な土台を広げています。

政策文書上も、女性の健康は「女性版骨太の方針」などで繰り返し重点分野に位置づけられており、政府・自治体の予算がつく領域として一定の予見性があります。事業者にとっては、補助事業・実証事業の公募情報を継続的に把握し、行政との協業実績を積むことが、国内市場で信頼を獲得する近道の一つです。

健康経営としての導入——企業に広がる4つのステップ

国内でのフェムテック導入は、B2C(個人課金)よりもB2B2E(企業経由で従業員へ提供)の伸びが目立ちます。大手企業を中心に、次のようなステップで導入が進むのが典型的なパターンです。

  1. 実態把握従業員サーベイで健康課題と生産性影響を可視化。経営層への説明材料をつくります。
  2. リテラシー研修管理職・全社員向けに女性の健康に関する研修を実施。話題にできる組織風土を整えます。
  3. サービス導入オンライン相談、低用量ピル・漢方の補助、検査キット配布など具体的サービスを福利厚生に組み込みます。
  4. 効果測定・拡充利用率・症状改善・エンゲージメントを測定し、対象範囲やメニューを拡充します。

先行企業の事例では、研修と相談窓口の組み合わせにより「症状を我慢して働く」状態からの脱却が進み、従業員満足度や離職率に好影響が確認されています。また、こうした取り組みが採用広報における企業ブランドの向上にも寄与するため、人材獲得競争の観点からの導入も増えています。

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国内の主要プレイヤー

国内のフェムテックエコシステムは、老舗のデジタルサービス、スタートアップ、大手メーカー、商社・小売の4者が重なり合って形成されています。代表的なプレイヤーを整理します。

表1: 国内フェムテック関連の主要プレイヤー(類型別)
類型 代表例 主な事業
デジタルサービス エムティーアイ(ルナルナ) 月経管理アプリ、医療機関連携、法人向けヘルスケア
スタートアップ fermata、TRULY、vivola など フェムテック製品の流通・キュレーション、更年期オンライン相談、不妊治療データ支援
大手メーカー ユニ・チャーム、花王、ロート製薬、オムロン ヘルスケア フェムケア用品、サプリメント、婦人用電子体温計・デバイス
流通・場の提供 大手百貨店・ドラッグストア、フェムテック展示会 フェムケア売場の常設化、「Fem+」等の展示会による企業間マッチング

特徴的なのは、fermataのような「エコシステム型」プレイヤーの存在です。国内外のフェムテック製品を目利きして流通させ、企業・行政と事業者をつなぐハブとして機能しており、単独では販路開拓が難しい海外製品・スタートアップ製品の国内展開を支えています。2025年11月には国内最大級の展示会「Fem+(フェムプラス)」が名称変更を発表し、「フェムテック」という言葉の啓発期が一区切りを迎えたことを印象づけました。

導入事例に見る3つの成功パターン

国内企業のフェムテック導入事例を横断すると、成果につながりやすい3つのパターンが見えてきます。第一は「トップコミットメント型」です。経営層が健康経営の重点施策として位置づけ、全社研修から始めるパターンで、製造業や金融など大規模組織で効果を上げています。研修により管理職の理解が進むことで、当事者がサービスを利用する心理的安全性が生まれます。

第二は「現場ニーズ起点型」です。従業員サーベイや産業医面談で顕在化した課題(夜勤とPMSの重なり、更年期世代の管理職の不調など)に対して、ピンポイントでオンライン相談や検査補助を導入するパターンです。課題が具体的なため利用率が高く、効果測定もしやすいのが特徴です。第三は「採用ブランディング型」で、人材獲得競争の激しいIT・サービス業に多く、福利厚生の充実を採用広報に活用します。

共通する失敗要因も明確で、「サービスを契約しただけで周知・研修を行わない」ケースでは利用率が数%にとどまることが報告されています。フェムテック導入は、ツールの提供ではなく「健康について話せる組織づくり」とセットで初めて機能する——これが先行事例の最大の教訓です。サービス提供側にとっては、導入後の周知支援・研修・利用率レポートまでを商品に含めることが、解約防止と次年度拡大の鍵になります。

国内特有の課題

成長の一方で、国内市場には固有の課題も残ります。第一に、婦人科受診率の低さです。かかりつけ婦人科医を持つ女性は少数派であり、デジタルサービスで関心を喚起しても、受診という次の一歩につながりにくい構造があります。第二に、薬機法・医師法など規制との整合です。診断的な表現やヘルスクレームには慎重な設計が求められ、広告表現の巧拙が事業リスクに直結します。

第三に、スタートアップの資金調達環境です。米国のような大型のフェムテック専門ファンドは国内には少なく、シード〜アーリーの調達が中心で、グロースステージの資金供給が課題とされています。事業会社によるCVC投資や大手との協業が、実質的なスケール手段となっています。これらの課題は裏を返せば、医療接続・規制対応・大手連携の能力を持つプレイヤーにとっての参入機会でもあります。

展望——「当たり前のインフラ」への道筋

国内フェムテック市場は、2020年代前半の啓発期を経て、健康経営・自治体事業・医療連携という制度の中に組み込まれる段階へ進んでいます。今後の成長シナリオとしては、(1)企業導入の中堅・中小企業への波及、(2)自治体の健康支援事業への標準搭載、(3)保険者(健保組合)による予防投資の拡大、の3つの経路が想定されます。

世界市場の潮流(更年期ケアの台頭、AI実装、デバイス統合)は数年遅れで国内にも波及してきており、海外動向は国内市場の先行指標として有効です。世界の全体像は市場の全体像と規模、投資の流れは投資動向と主要プレイヤーをあわせてご覧ください。